マルセル・モイーズ考 第1回『人柄と教育』
マルセル・モイーズ(1889年5月17日-1984年11月1日)は、いうまでもなくフルートのフレンチスクールの黄金期を築き上げた巨人です。
今日でもタファネル、ゴーベールがフルート界に残した大きな足跡に続き、モイーズの教本はほとんどのフルーティストに大きな影響を及ぼしています。
「ソノリテについて」は、ほとんどのアマチュア奏者が毎日練習しているほど重要な、かつフルートの教本でもっとも知られているものです。
当時最高の演奏家としてだけでなく、教育者としても世界一有名であったモイーズですが、彼がどのような人物であったか、またどのようなレッスンをしていたかを知っている方はあまり多くありません。
この記事では、トレバー・ワイ著「フルートの巨匠 マルセル・モイーズ」を参考に、彼がどのような人物で、また弟子にどのような教育を施していたか簡単にまとめてみます。
ジャン=ピエール・ランパルはモイーズについて、とてもアグレッシブにフルートを吹くと評しています。
タファネル、ゴーベールの時代に円熟期を迎えたフレンチスタイルは、フルートの音色の美しさを極限まで突き詰めました。
しかし、音色の美しさを極めれば極めるほど音楽表現のダイナミックさはなくなり、フレンチスクールの最大の欠点である、ある種の単調さが産まれました。
モイーズはそのような時代に正しい規範を示し、ランパルのようなフルーティストのスターが誕生する道標となりました。
モイーズが音楽を時代の流行にとらわれず、正確に音楽とは何かを知っていた事は、彼の書いた教本が今日でも全く古びていない事からも証明されていると言えます。
例えばモイーズの「フルート アンブシューア、イントネーション、ヴィブラートの練習」では、当時のビブラートがどのように捉えられていたか記されています。
モイーズがフルートを学び始めた当時、ビブラートをかけるかかけないかで大きな議論が起こりました。ビブラートをかける派、かけない派に分かれ議論していましたが、モイーズはどちらも音楽的ではないと考えています。
ビブラートをかけることに賛成の人たちは、音楽そっちのけでビブラートをいかにたくさんかけるかに熱中しており、逆に反対する人たちはノンビブラートで演奏することが美しいと考えていました。
しかしモイーズは、ビブラートこそ音楽の魂であり、音楽にそって適切に用いるべきであると信念を持っていました。
現代では当たり前の考えですが、実はモイーズの功績があってゆえ、今日このように正しい考えを持つことができるのです。
さて、モイーズは弟子にどのような教育をしていたのでしょうか。
前掲のトレバー・ワイの本から引用します。
1949年、ニューヨークで行われたモイーズのマスタークラスに参加したチャールズ・ドゥレイニーは、モイーズに個人レッスンを受けさせてもらうよう手紙を書きました。
そしてモイーズの返事に以下のようなレパートリーをさらうよう記されています。
クーラウ:グランドソロ第1〜3番
クーラウ:6つの綺想曲
クーラウ:華麗な幻想曲
ドップラー:ハンガリー田園幻想曲
ドップラー:ヴァラキアの歌
ドップラー:愛の歌
ベーム:ドイツの歌
ベーム:スコットランドの歌
ベーム:シューベルト歌曲集
テュルー:グランドソロ第2、5、13番
アンデルセン:風の精の踊り
アンデルセン:風変わりな幻想曲
アンデルセン:ハンガリー幻想曲
アンデルセン:演奏会用小品
シャミナーデ:コンチェルティーノ
ゴダール:組曲
ヴィドール:組曲
(※以上の曲は、以下の記事からIMSLPの無料で公開されている楽譜を閲覧できますのでご参照ください。
楽譜無料ダウンロード フルートのクラシック200曲)
これ以外にガンヌ、フォーレ、エネスコ、ユー、ゴーベール、イベール、フェルー、ルーセル、オネゲル、ドビュッシーの作品。そして、ルイ・モイーズ(※モイーズの息子)の7つのカプリスのような現代もの。
ベルビギエ:18の練習曲集
スッスマン:30の第練習曲集
ベーム:24の綺想曲集
アンデルセン:24の教訓的練習曲集op.30
アンデルセン:24の第練習曲集op.25
アンデルセン:24の技巧的練習曲集op.63
アンデルセン:24の超絶技巧練習曲集op.60
ロレンツォ:10の練習曲集
モイーズ:ショパンによる12の練習曲集
モイーズ:ケスラーによる10の練習曲集
モイーズ:48の超絶技巧練習曲集
モイーズ:24、25の旋律的小練習曲集2冊
モイーズ:練習曲と技術練習 スタッカート、レガート、難しい運指
モイーズ:アーティキュレーションの学習
モイーズ:ソノリテについてと様式の学習
モイーズ:フェルマータとトリル
ライヒェルト:7つの日課練習
もちろんモイーズはレッスンではモーツァルトやバッハ、イベールなどの今日でもおなじみの曲に多くの時間を使っていましたが、上記のような19世紀の超絶技巧の伝統的なスタイルを学ぶことを大切にしていました。
これらの曲は技術的に高度なテクニックが要求されますが、どんなに難しい箇所でも音楽表現を忘れることなく演奏しなければなりません。
「ボクシングをやっているのではないんだ。フェンシングのようにエレガントにね」とモイーズはよく述べていたそうです。
今日、演奏表現と称して、モイーズの演奏がおとなしく聴こえるくらいアグレッシブに演奏されたり、逆に、特にバロックや古典派の曲をノンビブラートで演奏することにこだわっていることが多いですが、はたして本当に音楽そのものの表現として生かされているものは残念ながらほとんどありません。
モイーズの演奏はもしかすると古臭く聴こえるかもしれませんが、それでも本当の音楽がそこにはあります。
今日でもタファネル、ゴーベールがフルート界に残した大きな足跡に続き、モイーズの教本はほとんどのフルーティストに大きな影響を及ぼしています。
「ソノリテについて」は、ほとんどのアマチュア奏者が毎日練習しているほど重要な、かつフルートの教本でもっとも知られているものです。
当時最高の演奏家としてだけでなく、教育者としても世界一有名であったモイーズですが、彼がどのような人物であったか、またどのようなレッスンをしていたかを知っている方はあまり多くありません。
この記事では、トレバー・ワイ著「フルートの巨匠 マルセル・モイーズ」を参考に、彼がどのような人物で、また弟子にどのような教育を施していたか簡単にまとめてみます。
1、人物像
ジャン=ピエール・ランパルはモイーズについて、とてもアグレッシブにフルートを吹くと評しています。
タファネル、ゴーベールの時代に円熟期を迎えたフレンチスタイルは、フルートの音色の美しさを極限まで突き詰めました。
しかし、音色の美しさを極めれば極めるほど音楽表現のダイナミックさはなくなり、フレンチスクールの最大の欠点である、ある種の単調さが産まれました。
モイーズはそのような時代に正しい規範を示し、ランパルのようなフルーティストのスターが誕生する道標となりました。
モイーズが音楽を時代の流行にとらわれず、正確に音楽とは何かを知っていた事は、彼の書いた教本が今日でも全く古びていない事からも証明されていると言えます。
例えばモイーズの「フルート アンブシューア、イントネーション、ヴィブラートの練習」では、当時のビブラートがどのように捉えられていたか記されています。
”1905年のヴィブラート
ヴィブラートがパリの管楽器奏者の間に現れたのは約70年前で、当時はcache misère(悲惨を隠すもの)と言われました。
私(モイーズ)は1900年のすこし前に音楽の勉強を始めました。ヴィブラートの出現がもたらした数多くの議論を興味を持って研究しました。
(中略)歌手の一部と特に弦楽器奏者の場合、ヴィブラートの質に拘泥しすぎ、おまけに大抵の場合みさかいもなくヴィブラートを用いて音楽のことに時間を割かなかったからです。
大抵の管楽器奏者の場合に、ヴィブラートは山羊のなき声のように震え、聴く人に日音楽的なことを想起させてしまうような継続的な喘ぎとして現れました。
(中略)弦楽器奏者の中にすら頑固にヴィブラートを拒否する人がいました。彼等が、新しい流派の名手たちの演奏の後に「皆さん、我々の時代にはあんなにヒステリックではありませんでした」とか「ヨアヒムやサラサーテ達はヴィブラートをかけてはいけないとは言っていませんよ」などと議論しているのを聞かなければなりませんでした。
ヴィブラート? それはコレラよりも悪いものでした。ヴィブラートの若き盲目的信奉者、例えば若いフルート奏者は犯罪者とみなされました。”(前掲書19、20ページ)
モイーズがフルートを学び始めた当時、ビブラートをかけるかかけないかで大きな議論が起こりました。ビブラートをかける派、かけない派に分かれ議論していましたが、モイーズはどちらも音楽的ではないと考えています。
ビブラートをかけることに賛成の人たちは、音楽そっちのけでビブラートをいかにたくさんかけるかに熱中しており、逆に反対する人たちはノンビブラートで演奏することが美しいと考えていました。
しかしモイーズは、ビブラートこそ音楽の魂であり、音楽にそって適切に用いるべきであると信念を持っていました。
現代では当たり前の考えですが、実はモイーズの功績があってゆえ、今日このように正しい考えを持つことができるのです。
2、教育方法
有名なフランスの作曲家の作品集 |
前掲のトレバー・ワイの本から引用します。
1949年、ニューヨークで行われたモイーズのマスタークラスに参加したチャールズ・ドゥレイニーは、モイーズに個人レッスンを受けさせてもらうよう手紙を書きました。
そしてモイーズの返事に以下のようなレパートリーをさらうよう記されています。
レパートリー
クーラウ:グランドソロ第1〜3番
クーラウ:6つの綺想曲
クーラウ:華麗な幻想曲
ドップラー:ハンガリー田園幻想曲
ドップラー:ヴァラキアの歌
ベーム:ドイツの歌
ベーム:スコットランドの歌
ベーム:シューベルト歌曲集
テュルー:グランドソロ第2、5、13番
アンデルセン:風の精の踊り
アンデルセン:風変わりな幻想曲
アンデルセン:ハンガリー幻想曲
アンデルセン:演奏会用小品
シャミナーデ:コンチェルティーノ
ゴダール:組曲
ヴィドール:組曲
(※以上の曲は、以下の記事からIMSLPの無料で公開されている楽譜を閲覧できますのでご参照ください。
楽譜無料ダウンロード フルートのクラシック200曲)
これ以外にガンヌ、フォーレ、エネスコ、ユー、ゴーベール、イベール、フェルー、ルーセル、オネゲル、ドビュッシーの作品。そして、ルイ・モイーズ(※モイーズの息子)の7つのカプリスのような現代もの。
エチュード
ベルビギエ:18の練習曲集
スッスマン:30の第練習曲集
ベーム:24の綺想曲集
アンデルセン:24の教訓的練習曲集op.30
アンデルセン:24の第練習曲集op.25
アンデルセン:24の技巧的練習曲集op.63
アンデルセン:24の超絶技巧練習曲集op.60
ロレンツォ:10の練習曲集
モイーズ:ショパンによる12の練習曲集
モイーズ:ケスラーによる10の練習曲集
モイーズ:48の超絶技巧練習曲集
モイーズ:24、25の旋律的小練習曲集2冊
基礎練習
モイーズ:練習曲と技術練習 スタッカート、レガート、難しい運指
モイーズ:アーティキュレーションの学習
モイーズ:ソノリテについてと様式の学習
モイーズ:フェルマータとトリル
ライヒェルト:7つの日課練習
もちろんモイーズはレッスンではモーツァルトやバッハ、イベールなどの今日でもおなじみの曲に多くの時間を使っていましたが、上記のような19世紀の超絶技巧の伝統的なスタイルを学ぶことを大切にしていました。
これらの曲は技術的に高度なテクニックが要求されますが、どんなに難しい箇所でも音楽表現を忘れることなく演奏しなければなりません。
「ボクシングをやっているのではないんだ。フェンシングのようにエレガントにね」とモイーズはよく述べていたそうです。
今日、演奏表現と称して、モイーズの演奏がおとなしく聴こえるくらいアグレッシブに演奏されたり、逆に、特にバロックや古典派の曲をノンビブラートで演奏することにこだわっていることが多いですが、はたして本当に音楽そのものの表現として生かされているものは残念ながらほとんどありません。
モイーズの演奏はもしかすると古臭く聴こえるかもしれませんが、それでも本当の音楽がそこにはあります。