マルセル・モイーズ考 第3回『モイーズのレッスン』


”1970年7月2日付け(中略)
レッスンについて
必ずこの順で始めること

  1. 24のメロディー、25のメロディー:モイーズ 
  2. アンデルセン作品15とスッスマンの24の練習曲集
  3. タファネルのスケール、5音のスケール
  4. アーティキュレーション
  5. ソノリテ
(生徒に宛てた手紙より。トレバー・ワイ著『フルートの巨匠 マルセル・モイーズ』より第48ページ)”

今回はモイーズのレッスンがどのようなものであったか、考察してゆきます。




1、『24、25のメロディー』について

”「1928年にサンタムールからドライブして来てここで車を止めたのだ。セリーヌ(※モイーズの妻)は眠っていたよ。わしは五線紙を取り出していくつかのメロディとその変奏曲を書き始めたんだ」と(モイーズは)話していた。これが『24の旋律的小練習曲集』の始めの部分となったのである。”


”『24の旋律的小練習曲』の1番を吹く時は、病を患っている自分の子供の回復を神に祈っている夫人のように吹きなさい。神を脅かすような演奏ではなく!”

モイーズのレッスンは言うまでもなく大変厳しいもので、彼のレッスンを受けた多くの生徒が様々な印象を受けています。

モイーズのことをただの頑固で偏屈爺と思う生徒がいる一方で、モイーズの厳しさの本当の意味を理解しついていった生徒もたくさんいます。

モイーズの元にレッスンを受けに来た生徒の多くは、現在と変わらず指の技術のみに頼った演奏に頼っており、モイーズはそのことに対し失望していました。

”標準的なレパートリーであるはずの曲目を、多くの奏者がすべての基本を無視して、例えば、馬鹿げたフレージングとか、滅茶苦茶なアーティキュレーションで、あるいは音楽的な理解不足のまま演奏するのを聞かされ続け、ひどく苛立っていたのである。が、本当に彼を悩ませていたのは、この人たちがもう既に成功を収めた演奏家だった。(トレバー・ワイ/前掲書第38ページ)”

”そんなに速く吹くのだったら、何もカーネギーホールで演奏する必要はない。サーカスで吹けばいいんだ”

そしてこの『24、25の旋律的練習曲集(Petites Études Mélodiques)』が書かれたきっかけとして、モイーズは、「学生の多くが、シンプルなメロディでさえきちんと吹けなかったので、その学生たちのために書いたのだ」と語っています。

なお、この曲集が書かれたもう一つのきっかけとして、次の項で解説する「アンデルセン作品15」のエピソードがモイーズを深く感動させたことが挙げられます。

2、アンデルセン作品15とスッスマンの練習曲集(24 ETUDES JOURNALIERES DE SOUSSMANN,OP53)

”最大の恩恵が得られるように、練習曲を勉強するのだよ。”

モイーズは特に、アンデルセンの「エチュード作品15」を重視していました。

彼のクラスでは週3回のレッスンで毎回、アンデルセンのエチュードから2曲吹かなければなりませんでした。

この曲集に関して有名なエピソードに、このエチュードの作曲者アンデルセンがパリ音楽院のポール・タファネルのクラスを訪問した時の逸話があります。

タファネルはアンデルセンのこの練習曲の第3番を、まずはメロディーだけ吹き、次に楽譜通り吹いたところ、アンデルセンはいたく感動し、自分がこんなにも美しいメロディーを書いたのかと喜びました。

モイーズはこのエピソードにいたく感動し、自分も何かシンプルな曲集を書こうと思い、前述の「24の旋律的小練習曲集」を作りました。


モイーズの元に訪れる多くの生徒が、超絶技巧の曲を全く音楽面を無視して吹こうものなら、モイーズは烈火のごとく怒りましたが、あまりうまくない生徒がとても熱心にこのアンデルセンの練習曲を持ってきた時には、モイーズは信じられないほど忍耐強く教えていました。

また、アンデルセン、スッスマンの練習曲ともにモイーズはレコードに録音しています。

これらの音源が入った5枚組のCDがムラマツのサイトから購入することができます。

http://www.muramatsuflute.com/shop/g/gC6518/

3、タファネルのスケール、5音のスケール



タファネルのスケールとは言うまでもなく、タファネル・ゴーベールの『17のメカニズム日課大練習』の第4番のことです。

また5音のスケールは同練習曲集の第1、2番です。

パリ音楽院の教授であり、指揮者、作曲家としても名高いポール・タファネルと、その弟子で同じく教授、指揮者、作曲家であったフィリップ・ゴーベール。

彼らの残した教本は、フレンチスクールと呼ばれる、多くのフランスのフルーティスト達が他の国の奏者よりも優れていたスタイルの礎となっています。

彼らの弟子であったモイーズは、当然のことながらこの教本の価値を知っていました。

パリ音楽院では毎週、試験でこの教本の音階を吹かなければならないほど、この音階の重要性が認められていたほどです。

4、アーティキュレーション

”アーティキュレーションは、上達したヴァイオリニストと一緒に練習すべきだ。彼らは、よく心得ているからね。”
今日、『アーティキュレーションの学習(ECOLE DE L’ARTICULATION)はあまり用いられることがありません。

トレバー・ワイによればこの曲集および『20の技術練習と練習曲(20 EXERCICES ET ETUDES SUR LES GRANDES LIAISONS)』は、「手助けとなる解説文がないので、初心者は失敗に陥りやすいかもしれない。しかしながら、この2冊の教本は少数の人たちから熱心な支持を得ている。これらの教本の最初のいくつかの練習課題は、大変に役立つものである。」とあります。

勉強不足で、私はこれらの曲集をさらったことが無いので、詳しく述べることができませんが、興味がある方はムラマツのサイトからご参照ください。

アーティキュレーションの学習

20の技術練習と練習曲

5、ソノリテ

”ソノリテの練習をする時は、ドビュッシーを思い浮かべながら吹いてみてごらん。ドビュッシーを吹く時は、ソノリテの練習を思い出しながら吹くんだよ。”



”『ソノリテについて』は、フルートの響きや音色、あるいはアーティキュレーションを考える上での『道標(みちしるべ)』だったのです。”



Next Post Previous Post