楽曲分析 バッハ 無伴奏フルートパルティータ BWV 1013


J.S.バッハ作曲『無伴奏フルートのためのパルティータ イ短調 作品1013』は、フルートの作品の中でも傑作の一つです。

弦楽器とは違いフルートは単音しか出せませんが、この曲を分析してみると2、3声部に分かれています。

単旋律にも関わらずポリフォニック(多声、対位法)的に作曲され、バッハの作曲技巧が詰め込まれています。

今回は、この曲を演奏するために必要な知識をまとめてみました。

バッハ  無伴奏フルートパルティータ BWV 1013

パルティータとは


パルティータとは元々、「フォリア」という舞曲のように、メロディーを変奏してゆくスタイルでした。

バロック時代に入ると次第に、組曲(Suite)としての性格が強くなってきます。

組曲とパルティータの違う点は、パルティータの場合には各楽章に何かしら共通するモチーフがあります。

バッハのフルートのためのパルティータの場合では、各楽章E-Aという完全四、五度の部分動機、a-gis-aの半音階のモチーフが特徴的です。

Allemande

J.S.バッハ作曲『無伴奏フルートのためのパルティータ イ短調 作品1013アルマンド

Corrente

J.S.バッハ作曲『無伴奏フルートのためのパルティータ イ短調 作品1013コレンテ

Sarabande

J.S.バッハ作曲『無伴奏フルートのためのパルティータ イ短調 作品1013サラバンド

Bourrée anglaise

J.S.バッハ作曲『無伴奏フルートのためのパルティータ イ短調 作品1013英国風ブーレ

パルティータの構成


この「無伴奏フルートのためのパルティータ」では、Allemande、Corrente、Sarabande、Bourrée Angloiseとなっています。

Allemandeはドイツ風、Correnteはイタリア風、Sarabandeはフランス風、Bourrée Angloise はイギリス風と、4つの国の舞曲でインターナショナルに構成されていることでしょう。

各舞曲の特徴を、橋本英二著『バロックから初期古典派までの音楽奏法(音楽之友社)』を参考に説明します。



 

Allemande(アルマンド)


Allemandeとは「ドイツ風舞曲」のことで、組曲の冒頭、もしくはプレリュードの後に置かれます。

この舞曲のテンポは作曲家や国によって異なり、GraveのものからPrestoまでありますが、多くの場合には緩やかなテンポです。

Corrente(コッレンテ)

J.S.バッハ作曲『無伴奏フルートのためのパルティータ イ短調 作品1013

Correnteとは、3/4または3/8拍子のテンポの速いイタリア舞曲で、「走る、流れる」といった意味があります。単旋律的な特徴があります。

Courante(クーラント)は、6/4または3/2拍子で、多声的であり、ポリフォニックに各声部が絡み合います。

また、ヘミオラ的なリズムも特徴的で、

>      >    >
1  2  3  4  5  6 



>    >
1  2  3  4  5  6

のリズムの変化が、特にカデンツでは必ずあらわれます。

この無伴奏フルートのためのパルティータでは、単旋律にしては多声的な特徴が見られますが、各声部はポリフォニックに複雑には絡んではいません。

時々、Courante(クーラント)と訳されていますが、3/4拍子であることと、テンポが速めであるので、この曲ではCorrenteが適切であると言えるでしょう。

重要な点としてバッハは、例えばクラヴィーアのためのパルティータBWV825-830でCorrenteCouranteを使い分けて書いています。

Sarabande(サラバンド)


Sarabandeは元々、ペルシャ(zarabanda)からスペイン(sarabanda)に伝わった踊りと推測されています。

身体をくねらせる官能的な踊りで、テンポも速めでしたが、17世紀にフランスに入ってからは遅いテンポの格調高い舞曲(sarabande)になりました。

サラバンドは3拍子の舞曲で、2拍目に重さのくる特徴的なリズムを持っています。

 >
♩♩.  ♪
また、弱拍上で終止します。

しかし、バッハのこの無伴奏フルートパルティータでは、

> >
♩♩♩

という1拍目と3拍目に、重心が感じられます。

多くのフルート奏者は、『偽のサラバンド』と考えています。

Bourrée Angloise(英国風ブーレ)


Bourrée Angloiseとは、イギリス風ブーレの意味です。

ブーレとは元々、フランス、オルヴェルニュ地方の速い2拍子の踊りです。

”イギリス風”となっているのは、「♬♪♬♪」という変わったリズムによるものと推測されます。

ヨーロッパでは、イギリスには少し変わった人たちが住んでいると考えられている風潮がありました。

ブーレはぴょんぴょん跳びはねる踊りと勘違いしてしまいますが、あくまでも足技を表現する踊りということを忘れないようにしましょう。

バッハの他のパルティータ


ちなみにバッハの他の作品の構成を見てみましょう。

無伴奏バイオリンのための3つのパルティータ


無伴奏バイオリンのための3つのパルティータでは、以下の楽曲構成になっています。


パルティータ第1番ロ短調 BWV1002


 1.Allemande - Double
 2.Courante - Double. Presto
 3.Sarabande - Double
 4.Tempo di Bourree - Double



パルティータ第2番ニ短調 BWV1004

 1.Allemande
 2.Courante
 3.Sarabande
 4.Gigue
 5.Chaconne



パルティータ第3番ホ長調 BWV1006

 1.Preludio
 2.Loure
 3.Gavotte en Rondeau
 4.Menuet I
 5.Menuet II
 6.Bourree
 7.Gigue



6つのパルティータ:クラヴィーアのための第1練習曲集


6つのパルティータ:クラヴィーアのための第1練習曲集では、各曲が以下のような構成になっています。

第1番変ロ長調 BWV 825


 1.Preludium
 2.Allemande
 3.Corrente
 4.Sarabande
 5.Menuett 1
 6.Menuett 2
 7.Giga

第2番ハ短調 BWV826


 1.Sinfonia
 2.Allemande
 3.Courante
 4.Sarabande
 5.Rondeaux
 6.Capriccio

第3番イ短調 BWV827


 1.Fantasia
 2.Allemande
 3.Corrente
 4.Sarabande
 5.Burlesca
 6.Scherzo
 7.Gigue

第4番ニ長調 BWV828


 1.Ouverture
 2.Allemande
 3.Courante
 4.Aria
 5.Sarabande
 6.Menuett
 7.Gigue

第5番ト長調 BWV829


 1. Preambulum
 2.Allemande
 3.Corrente
 4.Sarabande
 5.Tempo di Minuetta
 6.Passepied
 7.Gigue

第6番ホ短調 BWV830


 1.Toccata
 2.Allemanda
 3.Corrente
 4.Air
 5.Sarabande
 6.Tempo di Gavotta
 7.Gigue

となっています。

バイオリンのためのパルティータでは、3曲中2曲がアルマンドから始まります。

イタリア趣味で書かれたクラヴィーアのための6つのパルティータでは、全曲ともアルマンドの前に前奏的楽章が付いています。


無伴奏フルートパルティータで、アルマンドの前にプレリュードがあったとういう説がありますが、バッハの自筆譜が残っているバイオリンのためのパルティータでは3曲中2曲がアルマンドから始まっていることなど根拠がありません。

さらにベーレンライター版楽譜の前書きによると、フルートパルティータの唯一現存している写譜は、バイオリンのためのパルティータ第3番BWV1006の曲の終わりページの裏面から続けてフルートのパルティータのアルマンドが始まっているそうです。

自筆譜


自筆譜は残っていません。
現存するのは、前述の通りバイオリンパルティータBWV1006の次のページに筆写されているものです。

このコピーは2人の写筆者によって書かれた物であると推測されています。

IMSLPにある写本を見ると、素人目にもアルマンドの後半から明らかに別の者によって書かれていることがわかります。

J.S.バッハ作曲『無伴奏フルートのためのパルティータ イ短調 作品1013

おそらくケーテン時代に書かれたと推測されていますが、誰のために書かれたなどは明らかになっていません。

当時のドレスデンのフルート名手で、フランス人ビュッフェルダンのために書かれたという説も裏付けがないので推測の域を超えません。

最新の機器を使った楽譜の年代測定では、1731年ごろ作曲された作品と推測されています。

参考『ヨハン・セバスティアン・バッハのフルート作品

彼の息子カール・フィリップ・エマニュエル・バッハも、同じくソロフルートのためのソロをイ短調で書いていますが、スタイルの違いはありますがおそらく父の作品を意識して書いたことは間違いないでしょう。

カール・フィリップの初期の父との合作とされているフルートソナタで早くも見られた彼の作曲家としての才能は、このソロフルートのためのソナタではすでに完全に開花しており、父の作品と双璧をなす芸術的深遠さを表現しています。

参考




バッハ 無伴奏ヴァイオリンソナタとパルティータ ~初めて弾く人のために~ [改訂版]

バッハ:パルティータ全曲 シフ(アンドラーシュ)



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