フルートのビブラートのかけ方と練習方法
”音は身体です。身体の中に心臓が動いています。その動きがヴィブラートです。びっくりしたり感動したりした時には心臓がどきどきします。音楽でも感動した時にはヴィブラートがかかります。音の中にはいつもヴィブラートが隠されていなければなりません。”
マルセル・モイーズ
往年の名手、マルセル・モイーズの次の言葉は、ビブラートの本質をうまくとらえた言葉ではないでしょうか。 名手と言われるフルーティストは皆、美しいビブラートを使います。
日本やフランス、ドイツ、アメリカなど、国ごとに好まれるスタイルの違いはありますが、共通することは、上手な人ほど多彩なビブラートを使い分けていることです。
この記事では、ビブラートをかけてみようと思っている初心者、そしてビブラートをさらに上手くかけられるようになりたい上級者まで参考になる日々の練習法をご紹介します。
具体的なビブラートの練習方法については、次の記事をご覧ください。
ではまず正しいビブラートの基本的なかけ方や、ビブラートをどのように練習したらよいのかご説明します。
ビブラートって何?
ビブラートとは、音の強さや音程を変化させることで演奏をより豊かに表現する方法です。
弦楽器奏者が演奏している姿を見ると、弦を押さえた指を揺らしています。
フルート奏者の場合には口から出る息の量や速度を変えることでビブラートをかけることが出来ます。
ビブラートをかける速さや幅、音の出だしから次の音に移るまでにビブラートをどのように変化させるかをしっかりコントロールすることは、演奏者が音楽を表現するために重要です。
時代によってビブラートをかける量は変化します。
現代では、バッハやヘンデルなどのバロックの作品を演奏するときに、控えめなビブラートをかけることが好まれます。
逆に、イベールのフルート協奏曲を常にノンビブラートで演奏することはあまり良い効果を生み出しません。
オーケストラの一員として演奏する場合には、ビブラートをかける機会はソロよりも控えめになります。
正しいビブラートのかけ方
初心者がビブラートをかけるためには、ビブラートをかける練習をしなければなりません。
ビブラートのかけ方を先生にレッスンで教わったり、上手い人の演奏を聴いて真似してみることでだんだんと習得する事ができます。
しかし、ビブラートを誤解している演奏をしばしば耳にします。
いわゆる、ちりめんビブラートといわれる、不自然に音が細かく震えるビブラートです。
ちりめんビブラート
このちりめんビブラートをタファネルは『シェヴロトマン』(ヤギの鳴き声)と呼び、タファネル=ゴーベールの教本『完全なフルート奏法』の中で、良くないビブラートの例としてあげています。
ちりめんビブラートをかけてしまう原因の一つには、喉の筋肉をうまくコントロールできていない
遅いビブラート
逆に、まるで演歌のコブシのような遅くて不自然なビブラートも良く耳にします。
遅いビブラートをかけてしまう原因は、ビブラートはお腹でかけるべきで、のどでかけるのは良くないと誤解しているためです。
初心者が先生からビブラートはお腹でかけなさいと教わり、ビブラートのかけ方を勘違いしてしまうとこのような遅いビブラートをかけてしまいます。
お腹を使っても、速くて思い通りにコントロールされた美しいビブラートはかけられません。
ビブラートのやり方や仕組みを理解する前に、ぜひ知っておいて欲しい事は、ビブラートのかけ方を正しく理解し、正しい練習をすれば、速いビブラートから遅いものまで自由自在に使い分けることが出来るようになるということです。
ただし、ビブラートを思い通りにコントロールできるようになっても、演奏にどのようにビブラートを生かす事ができるか、という美的センスの問題になってきます。
ただし、ビブラートを思い通りにコントロールできるようになっても、演奏にどのようにビブラートを生かす事ができるか、という美的センスの問題になってきます。
そこに音楽の本当の難しさがあります。
ゲルトナー「フルート奏者のビブラート」
様々なビブラートの練習方法がありますが、最もお勧めできる練習方法は、ヨッヘン・ゲルトナー著『フルート奏者のビブラート』、そしてクリス・ポッター著『ビブラート ワークブック』という2冊の本です。
『ヴィブラートは決して純粋に天賦のものではなく、理にかなった指導によっても習得できるものである。』(ゲルトナー「フルート奏者のビブラート」よりp.70)
ゲルトナーは医学的根拠に基づき、ビブラートを3種類に分類できるとしています。
1. 胸部からお腹にかけてのもの
2. 純粋な喉のもの
3. 喉、胸部、お腹の混合型のもの
このうち、喉でかけられるビブラートはシュヴェロトマン(ちりめんビブラート)と混同されがちですが、ゲルトナーは喉を正しく用いたビブラートは音に美しさと柔らかさを与えることができるとしています。
また、上記の3つのビブラートの方法はそれぞれ奏者ごとに向き不向きがあるそうなので、自分に適した、楽に美しい音でビブラートをかけられるものを発見すると良いでしょう。
喉のビブラートの練習方法
ゲルトナーはシュヴェードラーの著作『フルートとフルート奏法』の『音のベーブング(ビブラート)』を引用し、シュヴェードラーが勧める練習方法をあげています。
練習方法
1. まず、楽器を持たず、「アー」と声を出し、最後に「ッ」と喉を軽くふさいで音を切ってみましょう。
アーーーーーーーーーッ’
口を閉じるのではなく、喉を閉じることで音を切ります。
2. この感覚がつかめたら、少しづつテンポを上げてゆきます。
アーーーッ’ アーーーッ’ アーーッ’ アーーッ’ アーッ’ アーッ’ アッ’ アッ’
3. 次は音を喉で切らずにだんだんつなげてみましょう。
アーーーアーーーアーーーアーーーアーーアーーアーアーアアアアア
コツが掴めてきたと感じたら、段々とテンポを上げてゆきます。
4. フルートを持ってビブラートの練習をやってみましょう。
声は出さず、喉で空気を切る感覚を思い出しながらフルートの音を出してみます。
初めは2オクターブ目のレなど、簡単に出しやすい音で練習してみましょう。
音量はmpで遅めのテンポから始め、♩=60で十六分音符4つが入るくらいの速さで練習します。
mfやppなど様々な音量で練習してみましょう。
以上がゲルトナーによる、ビブラート入門のための第1歩です。
以上がゲルトナーによる、ビブラート入門のための第1歩です。
胸部からお腹にかけてのビブラートの練習方法
喉のみのビブラートだけでなく、腹部を使ったビブラートも練習することは多彩なビブラートを使いこなすためにとても有意義。
お腹のビブラートをかけるためにはまず、腹式呼吸、息の支え、マルテラート(息でつけるアクセント)、腹部のビブラートの順に練習していきます。
では初めに、フルートを持たずに練習してみましょう。
1. まず腰の上あたりに両手を当てます。
2. 鼻から深く息を吸います。
お腹が突き出るよう、また胸部が広がるまで深く吸います。
両手にお腹が膨らむのを感じられたでしょうか?
3. 深く息を吸えたら、まだ息を吐き出さないまま口を開けてみましょう。
3. 深く息を吸えたら、まだ息を吐き出さないまま口を開けてみましょう。
喉で息をせきとめているような感覚でしょうか。
お腹に圧力をかけてみると、両手に圧力を感じるはずです。
いわゆる支えの練習です。
お腹に圧力をかけてみると、両手に圧力を感じるはずです。
いわゆる支えの練習です。
4. ため息をフーッと深く吐いてみましょう。お腹の息を空っぽにします。
5. 次に上の1~3の手順でお腹に息を深く吸った後、息を吐くのですが、4分割して吐き出してみましょう。
フーッ、フーッ、フーッ、フーッと小分けにして吐き出します。
5. 次に上の1~3の手順でお腹に息を深く吸った後、息を吐くのですが、4分割して吐き出してみましょう。
フーッ、フーッ、フーッ、フーッと小分けにして吐き出します。
肺が空っぽになるまで、途中でブレスをしないように注意します。
6. 次は、息を区切らずに吐き出すマルテラートの練習です。
フーフーフーフーと息を止めずに、アクセントをつける気持ちで吐き出します。
リズムよく吐き出しましょう。
同じく肺が空になるまで息を吸い込まないようにしてください。
バースデーケーキのろうそくの火を消すような気持ちで、大げさに息にアクセントをつけて練習してみましょう。
7. 次はメトロノームを使った練習です。
初めはメトロノームを四分音符♩=20にセットします。
そして、肩を落としながらリズムを刻んで鼻から息を吸ってみましょう。
音の間は区切って練習します。
8. 次は、メトロノームを♩=40から♩=60へと速度を上げていきます。
♩=60でできたら、次のようにリズムを刻んで息を吸って吐く練習をしてみましょう。
8. 次は、メトロノームを♩=40から♩=60へと速度を上げていきます。
♩=60でできたら、次のようにリズムを刻んで息を吸って吐く練習をしてみましょう。
音の間は空気を止めて、区切って練習します。
♩=60
1) 四分音符
2) 八分音符
3) 三連符
4) 十六分音符
5) 可能なら五連符でも練習する。
9. 色々なリズムで練習しましょう。
今度は、音を区切らないで滑らかに練習します。
♩=60
1) 四分音符
2) 八分音符
3) 三連符
4) 十六分音符
5) 可能なら五連符でも練習する。
9. 色々なリズムで練習しましょう。
今度は、音を区切らないで滑らかに練習します。
以下のリズムで練習してみましょう。
♩=60
1) 八分音符+三連符
2) 八分音符+十六分音符
10. 最後に楽器を持って、上記の練習をやってみましょう。
最終的な目標は、
- ビブラートを規則的にかけられるようになること
- ビブラートの速さや幅を滑らかに変えることができるようになること
- 音がよりいっそう美しくなるようビブラートをかけられるようになること
の3点です。 目標に向かって毎日練習してみましょう。
Dr.Chris Potter著『Vibrato Workbook』
ゲルトナーによるビブラートのかけ方が理解できたところで、次におすすめするビブラートの練習本はクリス・ポッター著『Vibrato Workbook(リンク先はムラマツのHPです)』です。
毎日、どのようにフルートでビブラートを練習すれば良いか書かれています。
私が所有しているのは第1版のCD付きのもので英語ですが、英語がほとんど読めない方でも譜例を見れば大体理解できるので問題は無いでしょう。
この本ではゲルトナーのような難しい理論はなく、ビブラートのための練習が書かれています。
ピアノからフォルテまで、あらゆる速度、幅で練習できるので、ビブラートを自在にコントロールできるようになります。
私はこの曲集を毎日練習するようになってから、ビブラートをさまざまな速さや幅でかけられるようになりました。
具体的な練習方法は、次の記事でご紹介します。
次の記事:毎日のビブラートの練習方法