モーツァルト作曲『フルートとハープのための協奏曲ハ長調 K.299』楽曲分析 第1楽章

 今回は、モーツァルトがパリで1778年に作曲した『フルートとハープのための協奏曲』より、第1楽章について楽曲分析します。

楽譜はIMSLPより閲覧することができます。

http://imslp.org/wiki/Special:ReverseLookup/868

また、モーツァルトの自筆譜もあります。

http://imslp.org/wiki/Special:ReverseLookup/292700

フルートとピアノ伴奏版の楽譜は、こちらで販売しております。


ピアノ伴奏版の参考音源は↓こちらから。

https://youtu.be/peFqnllpiD0


作曲された背景


1788年3月、22歳のモーツァルトは母と共にパリを訪れます。

良い就職先を探しての希望にあふれたパリ訪問でした。

しかし当時のパリは財政難に陥っており、なかなか就職先が見つかりません。

神童として名を馳せたモーツァルトもすでに青年となっており、天才音楽家として自身が期待したほどの待遇を受けることはできませんでした。

また、パリ滞在中の7月には母が病気で亡くなり、モーツァルトにとって精神的にも大変な時期であったことは容易に想像することができます。


話を戻し、パリに到着したモーツァルトはパトロンのグリム男爵(Frierich Melchior Grimm, 1723-1807)の紹介で、ギーヌ公(Adrien-Louis de Bonnières, duc de Guînes ,1735–1806)と、その娘マリー・ルイース・フィリピーネ(Marie-Louise-Philippine, 1759–1796)の教師として働きはじめます。

ギーヌ公はアマチュアのフルート吹きで、娘マリーはハープを演奏しました。

モーツァルトは父レオポルドに宛てた手紙の中で、

「ギーヌ公は上手にフルートを演奏し、また娘は特に才能があり上手にハープを演奏します。彼女はまた200曲以上を暗譜で演奏します。」

と父娘の腕前を絶賛しています。

『フルートとハープのための協奏曲』は、娘マリーの結婚式を祝うために書かれましたが、実際にそこで演奏されたかは記録に残っていません。

のちにモーツァルトはこの作曲に対する報酬をもらえなかったこと、ギーヌ公がモーツァルトのレッスンの謝礼を半額しか支払わないこと、娘が作曲に対して飽きっぽいことなどを父に宛てた手紙に愚痴をつづっています。

„von herzen dumm, und dann von herzen faul“(訳:娘はどこまでもバカで、怠け者だ) (父宛の手紙,1788年7月9日)

曲の形式


この協奏曲は、1770-1825年頃にパリで流行していた交響協奏曲(Sinfonia Concertante)という様式で作られています。

交響協奏曲とは、2〜9の独奏楽器とオーケストラのための交響曲の一種で、提示部、展開部、再現部をもつソナタ形式の第一楽章、ゆったりとした第二楽章、ロンド形式の第三楽章が基本的な形です。

提示部


ソナタ形式では大抵、初めに提示部と呼ばれる部分、展開部と呼ばれる中間部、そして再現部と呼ばれる提示部を簡単に繰り返す部分、最後にコーダと呼ばれる短い終結部に分けられます。

複雑な形になると、提示部の前に導入部と呼ばれる部分が置かれるなど、作曲家の工夫が凝らされますが今回は解説を割愛します。

では、まずはこの曲の提示部の第1主題、第2主題、移行部(確保や推移)、提示部終結主題を分析してゆきます。

第1主題


冒頭から始まる提示部の第1主題は、以下の通りです。

赤と青で色付けされている部分動機については後述します。

(iOSのSafariや古い機器では画像が表示されないことがあります。Chormeブラウザや最新の機器をご利用ください。)

モーツァルト『フルートとハープのための協奏曲ハ長調K.299』第1主題分析

第1主題は、ハ長調の分散和音をフルート、ハープ、オーケストラがユニゾンで始まります。

結婚式のために作曲されたためか、シンプルながら華やかで明快なメロディーとなっています。

推移


モーツァルト『フルートとハープのための協奏曲ハ長調K.299』第2主題分析 

ソナタ形式の第1主題の後には移行部が置かれます。

第1主題の性格を強く残したものは確保、割と自由な音階や分散和音で構成されたものは推移と呼ばれます。

確保のような性格を持ちながら自由に主題を変化させたものは、確保的推移と呼ばれます。

この推移には第1主題から次のような要素が取り入れられています。

第1主題の動機の分析

モーツァルト『フルートとハープのための協奏曲ハ長調K.299』第2主題分析2

第1主題の動機は主に5種類の要素に分けることができます。

1.分散和音

2.上行形の音階

3.下降形の音階

4.シンコペーション

5. 八分音符による上行形の音階の連続

これらの動機を当てはめると、以下のようになります。

モーツァルト『フルートとハープのための協奏曲ハ長調K.299』第2主題分析3


また提示部での調性がハ長調で、第1主題と同一なこともあるため、この旋律は第2主題ではなく確保的推移と呼べる移行部になります。

ソロの登場


冒頭のオーケストラで総奏される部分はリトルネッロと呼ばれます。

ソロ楽器が第1主題を繰り返しますが自由に変奏が加えられており、一種の確保的推移の性格を持っています。

モーツァルト『フルートとハープのための協奏曲ハ長調K.299』第2主題分析3

例えば第50小節目のフルートソロは、先ほどの確保的推移の分散和音が用いられています。

第2主題


ソロ楽器による第1主題の後に、ようやく第2主題が提示されます。

モーツァルト『フルートとハープのための協奏曲ハ長調K.299』第2主題分析3

ちなみにソナタ形式における第2主題は、提示部では属調や平行調、再現部では主調で提示されることが基本です。

この協奏曲の再現部でも、主調(ハ長調)で再現されています。

第1主題がダイナミックな分散和音やスケールの大きな音階により構成されていたのに対し、第2主題はおだやかな性格を持っています。

古典作品の分析には、対照的な性格を持つ主題を比較するために『男性的第1主題と女性的な第2主題』という表現がよく利用されます。

この協奏曲の二つの主題は、まさにそのような対照的な性格を持っています。

展開部


展開部に関しては、新しいメロディーが出てくるだけで、のちにヴェートーベンが行ったような動機の大胆な発展は見られません。

この曲の提示部や再現部では長調の明るい性格ですが、展開部は短調になり、減7の和音が繰り返し用いられるなど、不安をもたらす要素が満載です。

モーツァルト作曲『フルートとハープのための協奏曲ハ長調 K.299』楽曲分析第2主題

実はこのメロディー、第1主題の2つの部分動機(aとb) と、シンコペーションの部分動機(c)を組み合わせて作られたと考えることもできます。

第1主題の部分動機


シンコペーションの部分動機

モーツァルト作曲『フルートとハープのための協奏曲ハ長調 K.299』楽曲分析第2主題

私はここに、明るく華やかに始まった曲が内面は不安だったという、まるでモーツァルトの心情が現れているように思えて仕方ありません。

再現部


再現部は特に目新しいことは見当たりません。

モーツァルトの自作のカデンツが存在していたそうですが、残念ながら現存していません。

その他


この協奏曲の特徴として、次のような点が注目に値します。

最低音

モーツァルト作曲『フルートとハープのための協奏曲ハ長調 K.299』楽曲分析第2主題

モーツァルトの2つのフルート協奏曲では、フルートの最低音はレですが、このフルートとハープのための協奏曲では最低音がドとなっています。

ギーヌ公が当時は珍しい楽器を所有していたことを思わせます。

3つの楽章の関連性


3つの楽章の冒頭は同じ音が繰り返されますが、このような工夫は古典的な作曲技法です。


第一楽章。高いドが3回繰り返される。



第二楽章。ラが3回繰り返される

第三楽章。ミが3回繰り返される。



ピアノ伴奏版


レッスンや発表会で演奏しやすい、フルートとピアノ伴奏版の楽譜を販売しています。

詳細は、https://store.piascore.com/scores/130952をご覧ください。


モーツァルト作曲『フルートとハープのための協奏曲ハ長調 K.299』ピアノ伴奏版
第1楽章

モーツァルト作曲『フルートとハープのための協奏曲ハ長調 K.299』ピアノ伴奏版
第2楽章

モーツァルト作曲『フルートとハープのための協奏曲ハ長調 K.299』ピアノ伴奏版
第3楽章




Next Post Previous Post