カール・ライネッケ作曲『フルート協奏曲ニ長調Op.283』に関すること



ライネッケのフルート協奏曲ニ長調Op.283はフルートのための重要なレパートリーですが、作曲された背景は意外に知られていません。

今回は作品の書かれた経緯や、献呈されたシュヴェードラーに関することを書いてみました。


ライネッケの生涯




カール・ライネッケは1824年6月23日にデンマーク(現在はドイツ)のアルトナに生まれ、1910年3月10日にライプツィヒで没しています。

幼少からピアノ演奏会を行ない、ピアノ奏者として活躍。優雅なモーツアルト演奏家(graziöser Mozartspieler)と言われました。

1846年にデンマーク宮廷のピアニスト(hofpianist)、1860年にライプツィヒ・ゲヴァントハウス管弦楽団の楽長、同時に音楽院教授に就任。1869年にはブラームスのドイツレクイエムを初演するなど、当時の音楽界でかなりの影響力を持っていたと推察できます。

ライプツィヒ音楽院で教えた生徒には、ブルッフ、グリーグ、ヤナーチェク、アルベニスなど、教師としてもとても有能であったようです。

長生きだったために晩年にはピアノロールに自作自演やモーツァルトなど数多くの作品の吹込みを残しています。


モーツァルトの有名なトルコ行進曲(ピアノソナタ第11番より)です。

ピアノロールは演奏の完全な再現はできませんが、テンポの揺れかたなど独特の味わいがあり興味深いです。

3つのフルート作品




ライネッケはフルートのための作品をいくつか残しています。
現在でも頻繁に演奏されるのは、

です。
その他に、モーツァルトのフルートとハープのための協奏曲のカデンツァが有名です。
ライネッケの全作品一覧はこちらから(ドイツ語のリスト)。


ライネッケとシュヴェードラー





ライネッケがゲヴァントハウス管弦楽団の指揮者として就任した時、同楽団のフルーティストのシュヴェードラーとバーゲと知り合いました。
バーゲは1867〜1895年にゲヴァントハウスの首席奏者でした。
ライネッケは1881年に彼のためにソナタ・ウンディーネを作曲しています。
彼はベームの開発した今日と同じ円筒管のフルートが普及していることに不満を持っており、伝統的な円錐管のフルートを吹く後任の奏者を探していました。
1881年、デュッセルドルフの歌劇場の首席奏者であった28歳のシュヴェードラーがソロフルート奏者(副首席)のポジションに採用されます。
彼は以前ベーム式フルートも吹いていましたが、特に音色の面から不満を持ち、伝統的な円錐管のフルートを吹いていました。


彼はゲヴァントハウスの奏者になってから円錐管フルートを改良し、独自のシュヴェードラーシステムフルートを開発しています。
1895年、彼はフルート制作家のクルスペとともに、シュヴェードラー=クルスペフルートを開発、1989年にはレフォームフルート(Deutsche Reformflöte)を開発します。のちに彼はメーニヒ(M.M.Mönnig)とともにさらにそのフルートを改良し、1912年にはFメカニックと呼ばれる機構をフルートに取り付けています。

ライネッケのフルート協奏曲は、1908年にシュヴェードラーの為に作曲されました。

フルート協奏曲(1908)


このフルート協奏曲が作曲された翌年の1909年には、ウィーンのアーノルド・シェーンベルクが無調音楽である3つのピアノ作品Op.11(Drei Klavierstück)を作曲しています。
ライネッケのフルート協奏曲すでに時代遅れのスタイルでしたが、数少ないフルートのためのロマン派の作品の中では、今日では最も演奏される曲です。

テオバルトベームが1832年から着手したフルートの改良は、フルートをより技巧的な演奏を可能にしましたが、しかしその反面、技巧に走りすぎて音楽の内容の伴わない作品がロマン派の時代に多く生まれることにもつながったとも考えられます。
しかしこのライネッケの作品は技巧的になりすぎず、技巧的なフレーズは音楽のために必要不可欠な表現として用いられていることが、今日でも演奏されている大きな理由ではないでしょうか。

各楽章について



第1楽章



第1楽章は二長調で書かれています。
爽やかな朝を思わせる第1主題ではオーケストラの奏でる主題にフルートはオブリガートで同伴します。
どことなくショパンのピアノソナタ第2番op.35の第2楽章の中間部のテーマに似ているように思います。
ライネッケ作曲フルート協奏曲第1楽章冒頭のフルートの主題

ショパン作曲ピアノソナタ第2番op.35の第2楽章の中間部のフレーズ



第2主題はドミナント調のイ長調で溌剌とした主題が演奏されます。
第2主題の前にはイ短調の情熱的な移行主題が挿入されます。
この移行主題は展開部で展開され、第1主題と絡み合い、この楽章にある種の影や立体感を与えています。

伝統的なソナタ形式の分析方法では、第1主題は男性的、第2主題は女性的と言われます。しかしこの協奏曲では、穏やかな第1主題と、対比する溌剌とした第2主題に対して、移行主題はいわばもう一人の女性として登場し、第1主題の男性に葛藤を与えています。
また主調ニ長調の第1主題と、属調であるイ長調の第2主題の間に、第2主題の同主調であるイ短調を挟み込んでいるところに、ライネッケの工夫を感じます。
移行主題が出てきたときに一瞬、第2主題かな?と聴者に思わせておき、後から本当の第2主題が出てくるという仕組みです。物語性が大きく広がります。

第2楽章



第2楽章はロ短調による葬送行進曲風のバスオステナートから始まります。
この楽章の大きな特徴は、再現部の前にレチタティーヴォが導入されていることです。
この楽章全体的には葬送行進曲と、コラールのようなリズムが規則的に繰り返されいるなかで、たった4小節間のレチタティーヴォは大きな役割を果たしています。
なおこの楽章のテーマも、前述のショパンのピアノソナタの第3楽章に似ています。
ライネッケ作曲フルート協奏曲第2楽章の主題の一部
ショパン作曲ピアノソナタ第2番第3楽章の楽節

第3楽章


ホルンのホ短調からはじまる序奏のあとに、溌剌とした主題が奏でられます。
第24小節では円筒管フルートでは演奏が難しい箇所が出てくるが、円錐管フルートではかなり容易に演奏することができるフレーズが出てきます。

中間主題では第1楽章の主題を思わせるかのようなテーマが再現されます。

コーダではシュヴェードラーがライネッケに提案を行い、より技巧的なものに改変しています。今日でも改変したものが演奏されることが一般的です。

ちなみにライネッケのオリジナルのコーダをシュヴェードラーフルートで演奏したものを録音しているので、聴いてみてください。

シュヴェードラーフルートによるライネッケのフルート協奏曲


ピアノ伴奏音源



第1楽章

第2楽章

第3楽章






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