ガナッシ著『フォンテガーラ』リコーダー奏法とルネサンス時代の装飾法
ルネサンス時代のイタリア、ベニスの音楽家、著述家であった シルヴェルトロ・ガナッシ・ダル・フォンテゴ(1492-?)の残した著作『オペラ・インスティテュラータ・フォンテガーラ』について、簡単にご紹介します。
ルネサンス期のリコーダー奏法の多様さから、タンギング奏法や装飾法など、現代のフルートにも応用できる技術を発見できればと思います。
シルヴェストロ・ガナッシ・ダル・フォンテゴ(Silvestro Ganassi dal Fontego)は1492年1月1日、ヴェネチアのフォンテゴで生まれました。
14世紀に始まったルネッサンス時代は、16世紀末のバロック時代を迎えるまで続きますが、ガナッシが音楽家として活動を始めた16世紀初頭はまさにルネサンス文化の頂点を迎えていたと言っても過言ではないでしょう。
15世紀〜16世紀初頭、楽器に関する本が書かれるようになりました。
1452年に盲目のオルガニスト、コンラド・パウマン(Conrad Paumann,1415-1473)の著した『オルガン奏法の基礎』や、1511年にセバスティアン・ヴィルドゥング(Sebastian Virdung1465?-?)が著した『ドイツ語の音楽理論』など、ルネサンス時代に入ると音楽史上で重要な書物が次々と書かれ出版されました。
そんな当時、ガナッシはヴェネツィアの宮廷音楽家でありヴィオラ・ダ・ガンバ、リコーダー奏者として名を馳せていました。
そして彼の著した2冊の本、リコーダーに関する『フォンテガーラ』と、ヴィオラ・ダ・ガンバにかんする『規則論』は、ルネサンス期に書かれた最も重要な本です。
By Silvestro Ganassi - Regola Rubertina, Public Domain, https://commons.wikimedia.org/w/index.php?curid=5589377
なぜ、このフォンテガーラがルネサンス時代の重要な資料かというと、リコーダー奏法や装飾法に関する詳細で精緻な説明から、当時の演奏技術や表現方法がとても高度だったことを知ることができるからです。
この本の表紙には、「リコーダー演奏芸術と、自由な装飾法に関する論文」と書かれています。
そして、上掲の木版画の上部には次のように書かれています。
当時、全ての楽器は人の声よりも劣っていると認識されていました。
そのためリコーダー奏者をはじめとした楽器奏者は、声楽から学び、真似るようガナッシは提言しています。
声楽の表現方法は息遣いの変化で、音色の変化はふさわしい指遣いで模倣できると述べています。
リコーダー演奏に必要な要因は、ブレス、指遣い、タンギングです。
声楽家が、真面目な歌詞の曲を歌うときは感情を抑えて歌い、愉快な歌詞のときには楽しい気持ちで歌います。
リコーダー奏者も、まずは中庸な(moderato)息遣いからはじめ、曲の要求によってこれを増減させることで、歌手のような感情表現を模倣することができます。
さて、フォンテガーラの内容をくわしく見てゆく前に、当時のリコーダーについて少し知っておく必要があります。
ルネサンス時代のリコーダーはバロックの円錐管のものと違い、円筒管で継ぎ目のない楽器でした。
そして、楽器1本ごとに内径や音孔の位置は異なっていました。
当然のことながら運指も楽器ごとに異なってくることをガナッシは述べています。
当時の楽器の写真はGoogle検索から見ることができます。
Google画像検索「renaissance recorder ganassi」
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ルネサンス時代のリコーダーのタンギングは、フォンテガーラのチャプター5(Capitulo.5)以降から詳細に解説されています。
ガナッシはタンギングを基本的な3種類の子音(シラブル)に分けています。
1つめは、”テケテケ”(※イタリア語の原文には te che te che)、2つめは、”テレテレ”(tere tere)、そして3つめは、”レレレレ”(lere lere)と分類することができます。
それぞれの特徴は以下の通りです。
この子音によるタンギングは、より硬くシャープである(英語版では ”hard and sharp" と訳されている。)
この子音は1と3の中間である。
1とは反対にこの子音によるタンギングは、より優しく柔らかい(consists of gentle and smooth)
ガナッシは、上の3つの基本的なアーティキュレーションを元に、いくつかの母音と子音のコンビネーションを挙げています。
ここに挙げられていない、その他の組み合わせも可能です。そして3番目のアーティキュレーションは自然に溶け込むと、ガナッシは重ねて書いています。
これらのタンギングを習得するためには、まず初めの基礎的なタンギングから一つ選び、流暢にできるようになるまでコツコツと練習するよう述べられています。
そして中間のものを練習するときには、同じ速度であるか、子音が明瞭に発音されているかを注意深く観察するよう勧めています。
例:tar ter tir tor tur、dar der dir dor dur、 kar ker kir kor kur、 gar ger gir gor gur
3番目のグループも同じように練習します。
例:lar ler lir lor lur
このような練習を通じて、全ての直接的や間接的な子音を習得することができます。
1番目の基本的なタンギングは「舌の打撃(tongue-stroke)」と呼ばれます。それは舌が歯のそばの面を打つことで空気が解放されるからです。
2番目のものは喉のあたりで作られ、息はそこから解放されます。
3番目のものは、子音が発音されず、「ヘッドブレス(head-breath)」と呼ばれます。このとき唇は息の流れをコントロールします。
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ガナッシは装飾法を以下の基本的な4種に分類しています。
1、シンプルなもの
2、組み合わされたもの
3、特殊なもの
4、はじめから終わりまで一定のもの
シンプルな装飾は、1種類の音価のリズムをはじめから終わりまで変えることなく使います。
いくつかの音価からなる音符を組み合わせて、シンプルな装飾を作ることができます。
特殊なものは、1のシンプルなものと似ていますが、音価やリズムが途中で変化する点で違います。
こちらも1、シンプルなものに似ていますが、音価は1種類のみで、音形が変化せずにはじめから終わりまで続きます。
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上記4つの基本的な装飾法は、リズム、音価(拍子)、音形を組み合わせることで、より多様な装飾に応用することができます。
リズムと音形を自由に組み合わせ、拍子は変化しないもの。
以下の例では4/4拍子(不完全テンプス)が変化しない。
例1:
例2:より複雑化されたもの
旋律線と拍子が変化するが、リズム(音価)は一定であるもの。
リズム、拍子、音形を自由に組み合わせて装飾を形成します。
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装飾を学ぶためにガナッシは、2度、3度、4度、5度の音程間の装飾を学び、さらに広い、または狭い音程に応用するよう勧めています。
3度以上の音程間を装飾する場合には、必ず基礎となる初めの音から始めます。
終わりは元の音に上行、もしくは3度から下降し元の音に戻ります。
まずは、以下の例を装飾無しで演奏しましょう。
そしてこれにシンプルな装飾を施します。
この装飾は基本原則に忠実に、最大限に慎重に行わなければなりません。すぐに誤った装飾になってしまう恐れがあります。
自身の耳には美しく聞こえても、訓練を積んだ耳には美しく聞こえないことがあるので、基本原則を忠実に守り、装飾はあくまでも旋律をより美しくするものだということを忘れないようにガナッシは提言しています。
以上、簡単ですが、ルネサンス時代のリコーダー奏法および装飾法の概要でした。
ガナッシの著作はIMSLPから無料で閲覧することができます。
特に装飾法に関しての譜例は80ページ以上も挙げられ、1つ1つをここでは解説することができないので、英語版やイタリア語原本を参照していただくとより理解が深まるかと思います。
Opera Intitulata Fontegara (Ganassi, Sylvestro)
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ルネサンス期のリコーダー奏法の多様さから、タンギング奏法や装飾法など、現代のフルートにも応用できる技術を発見できればと思います。
シルヴェストロ・ガナッシについて
シルヴェストロ・ガナッシ・ダル・フォンテゴ(Silvestro Ganassi dal Fontego)は1492年1月1日、ヴェネチアのフォンテゴで生まれました。
14世紀に始まったルネッサンス時代は、16世紀末のバロック時代を迎えるまで続きますが、ガナッシが音楽家として活動を始めた16世紀初頭はまさにルネサンス文化の頂点を迎えていたと言っても過言ではないでしょう。
15世紀〜16世紀初頭、楽器に関する本が書かれるようになりました。
1452年に盲目のオルガニスト、コンラド・パウマン(Conrad Paumann,1415-1473)の著した『オルガン奏法の基礎』や、1511年にセバスティアン・ヴィルドゥング(Sebastian Virdung1465?-?)が著した『ドイツ語の音楽理論』など、ルネサンス時代に入ると音楽史上で重要な書物が次々と書かれ出版されました。
そんな当時、ガナッシはヴェネツィアの宮廷音楽家でありヴィオラ・ダ・ガンバ、リコーダー奏者として名を馳せていました。
そして彼の著した2冊の本、リコーダーに関する『フォンテガーラ』と、ヴィオラ・ダ・ガンバにかんする『規則論』は、ルネサンス期に書かれた最も重要な本です。
『規則論』の木版画より |
By Silvestro Ganassi - Regola Rubertina, Public Domain, https://commons.wikimedia.org/w/index.php?curid=5589377
フォンテガーラについて
『フォンテガーラ』の木版画。 当時のリコーダーは、現代のリコーダーとは形が異なる。 |
なぜ、このフォンテガーラがルネサンス時代の重要な資料かというと、リコーダー奏法や装飾法に関する詳細で精緻な説明から、当時の演奏技術や表現方法がとても高度だったことを知ることができるからです。
この本の表紙には、「リコーダー演奏芸術と、自由な装飾法に関する論文」と書かれています。
そして、上掲の木版画の上部には次のように書かれています。
オペラ・インスティテュラータ・フォンテガーラは、リコーダーの演奏に必要な全ての技術を教えるとともに、即興や装飾法は管楽器や弦楽奏者だけでなく、歌手にも適している。最も著名なベニスの音楽家、シルベストロ・ダル・ガナッシによって著された。
(英語版より筆者訳)
リコーダー奏法
リコーダー奏者の目標の定義
当時、全ての楽器は人の声よりも劣っていると認識されていました。
そのためリコーダー奏者をはじめとした楽器奏者は、声楽から学び、真似るようガナッシは提言しています。
画家が自然から作品を作り出すように、管弦楽奏者は声楽家から表現方法を模倣することができる。(「フォンテガーラ」第1章「リコーダー奏者の目標の定義」より)
声楽の表現方法は息遣いの変化で、音色の変化はふさわしい指遣いで模倣できると述べています。
リコーダー演奏に必要な要因は、ブレス、指遣い、タンギングです。
声楽家が、真面目な歌詞の曲を歌うときは感情を抑えて歌い、愉快な歌詞のときには楽しい気持ちで歌います。
リコーダー奏者も、まずは中庸な(moderato)息遣いからはじめ、曲の要求によってこれを増減させることで、歌手のような感情表現を模倣することができます。
当時のリコーダー
さて、フォンテガーラの内容をくわしく見てゆく前に、当時のリコーダーについて少し知っておく必要があります。
ルネサンス時代のリコーダーはバロックの円錐管のものと違い、円筒管で継ぎ目のない楽器でした。
そして、楽器1本ごとに内径や音孔の位置は異なっていました。
当然のことながら運指も楽器ごとに異なってくることをガナッシは述べています。
当時の楽器の写真はGoogle検索から見ることができます。
Google画像検索「renaissance recorder ganassi」
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基本的なアーティキュレーション
ルネサンス時代のリコーダーのタンギングは、フォンテガーラのチャプター5(Capitulo.5)以降から詳細に解説されています。
ガナッシはタンギングを基本的な3種類の子音(シラブル)に分けています。
1つめは、”テケテケ”(※イタリア語の原文には te che te che)、2つめは、”テレテレ”(tere tere)、そして3つめは、”レレレレ”(lere lere)と分類することができます。
それぞれの特徴は以下の通りです。
1. te che te che
この子音によるタンギングは、より硬くシャープである(英語版では ”hard and sharp" と訳されている。)
2. tere tere
この子音は1と3の中間である。
3. lere lere
1とは反対にこの子音によるタンギングは、より優しく柔らかい(consists of gentle and smooth)
様々なアーティキュレーション
ガナッシは、上の3つの基本的なアーティキュレーションを元に、いくつかの母音と子音のコンビネーションを挙げています。
イタリア原語版より、赤線で囲ったところがアーティキュレーション |
英語版より、より分かりやすくまとめてある。 なお、英語版はドイツ語版からの翻訳である。 |
ここに挙げられていない、その他の組み合わせも可能です。そして3番目のアーティキュレーションは自然に溶け込むと、ガナッシは重ねて書いています。
練習方法
これらのタンギングを習得するためには、まず初めの基礎的なタンギングから一つ選び、流暢にできるようになるまでコツコツと練習するよう述べられています。
そして中間のものを練習するときには、同じ速度であるか、子音が明瞭に発音されているかを注意深く観察するよう勧めています。
例:tar ter tir tor tur、dar der dir dor dur、 kar ker kir kor kur、 gar ger gir gor gur
3番目のグループも同じように練習します。
例:lar ler lir lor lur
このような練習を通じて、全ての直接的や間接的な子音を習得することができます。
舌、喉、唇の役割
1番目の基本的なタンギングは「舌の打撃(tongue-stroke)」と呼ばれます。それは舌が歯のそばの面を打つことで空気が解放されるからです。
2番目のものは喉のあたりで作られ、息はそこから解放されます。
3番目のものは、子音が発音されず、「ヘッドブレス(head-breath)」と呼ばれます。このとき唇は息の流れをコントロールします。
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基本的な装飾法
ガナッシは装飾法を以下の基本的な4種に分類しています。
1、シンプルなもの
2、組み合わされたもの
3、特殊なもの
4、はじめから終わりまで一定のもの
1、シンプルな装飾
シンプルな装飾は、1種類の音価のリズムをはじめから終わりまで変えることなく使います。
シンプルな装飾法の例。 英語版フォンテガーラより引用。 |
2、組み合わされたもの
いくつかの音価からなる音符を組み合わせて、シンプルな装飾を作ることができます。
イタリア語版より |
英語版より。読みやすく6連符になっているが、原語版にはない。 |
3、特殊なもの
特殊なものは、1のシンプルなものと似ていますが、音価やリズムが途中で変化する点で違います。
イタリア語版より。 2小節ごとにリズムが変化している。 |
英語版より。2小節ごとに3つのリズムグループを形成している。 |
4、はじめから終わりまで一定のもの
こちらも1、シンプルなものに似ていますが、音価は1種類のみで、音形が変化せずにはじめから終わりまで続きます。
英語版より |
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装飾法の応用
上記4つの基本的な装飾法は、リズム、音価(拍子)、音形を組み合わせることで、より多様な装飾に応用することができます。
1、リズムと音形を組み合わせたもの
リズムと音形を自由に組み合わせ、拍子は変化しないもの。
以下の例では4/4拍子(不完全テンプス)が変化しない。
例1:
イタリア語版より |
英語版より。 |
各小節間が5連符になっているが、拍子は変化していない。 |
2、音形と拍子を組み合わせたもの
旋律線と拍子が変化するが、リズム(音価)は一定であるもの。
3、自由に組み合わされたもの
リズム、拍子、音形を自由に組み合わせて装飾を形成します。
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装飾法の練習
装飾を学ぶためにガナッシは、2度、3度、4度、5度の音程間の装飾を学び、さらに広い、または狭い音程に応用するよう勧めています。
3度以上の音程間を装飾する場合には、必ず基礎となる初めの音から始めます。
終わりは元の音に上行、もしくは3度から下降し元の音に戻ります。
まずは、以下の例を装飾無しで演奏しましょう。
そしてこれにシンプルな装飾を施します。
この装飾は基本原則に忠実に、最大限に慎重に行わなければなりません。すぐに誤った装飾になってしまう恐れがあります。
自身の耳には美しく聞こえても、訓練を積んだ耳には美しく聞こえないことがあるので、基本原則を忠実に守り、装飾はあくまでも旋律をより美しくするものだということを忘れないようにガナッシは提言しています。
おわりに
以上、簡単ですが、ルネサンス時代のリコーダー奏法および装飾法の概要でした。
ガナッシの著作はIMSLPから無料で閲覧することができます。
特に装飾法に関しての譜例は80ページ以上も挙げられ、1つ1つをここでは解説することができないので、英語版やイタリア語原本を参照していただくとより理解が深まるかと思います。
Opera Intitulata Fontegara (Ganassi, Sylvestro)
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