フルートの歴史(ルネサンス〜ベームのフルート改良、現代の楽器)
フルートはいつ頃発明され、現代の形になったのか簡単に説明します。
横笛は紀元前2世紀ごろのエトルリアの壺絵にも描かれており、紀元前9世紀ごろ、中央アジア発祥の楽器と考えられているそうです。(参考:ブリタニカ国際大百科事典『フルート』、Wikipedia:https://ja.wikipedia.org/wiki/フルート)。
また、シュヴェードラー著『フルートとフルート奏法』(1910年版)には、1487年に軍隊に横笛をもたせた記録が残っていることが記されています。
参考:シュヴェードラー著『フルートとフルート奏法』より、「トラヴェルソの誕生と改良」
骨や、葦などの筒状の植物を用いた笛や、オカリナのような土でできた笛は遥か太古からあるそうですが、現代のフルートのような横に構えるものは16世紀頃のルネッサンス時代から次第に市民の間に広まってゆきました。
ルネサンス・フルートは円筒形(管の両端の直径が同じ太さ)の管体を持っていますが、このせいで音色や音量に統一感がなく、ある音は強くて鋭い音色、またある音は弱くてぼやけた音色でしか演奏出来ませんでした。
ルネサンスからバロック時代になると、フルートは改良され、横笛は爆発的に広まります。
特に管体を円筒形から円錐形(頭部管から足部管に向かって細くなる)にしたことで、音程や音色がより均一になりました。
また、管体にもいくつかの継ぎ目が作られたことで音程を細かく調節できるようになり、実用性も高まりました。
そして、管体にあけられた穴の数が増えたことで半音階も演奏しやすくなりましたが、手で届かない穴をふさぐためにキーが取り付けられました。
初めに右手小指のためにキーが作られ、この楽器を現在では「1キーフルート」と呼んでいます。
この1キーフルートは現代でも人気があり、アマゾンなどで樹脂で作られた名器のコピーモデルが販売されているようです。
バロック時代のフルート界の重要な人物であったヨハン・ヨアヒム・クヴァンツ(1697-1773)は、フルートにさまざまな実験的な改良をほどこしました。
例えば当時は木で作られていたフルートを、ガラスや陶器といった様々な材質で試作しました。
また、ミ♭とレ♯を吹き分けるキーを楽器に取り付けました。
ミ♭とレ♯は「異名同音」や「エンハーモニック」などと呼ばれ、現代の平均律に調律された音程では全く同じ音ですが、厳密には微妙に違う音程なのです。
しかしそのような微妙な音程を吹き分けることも、また聴き分けることも難しく、かつ演奏も複雑になってしまうので、すぐに失敗だとさとったそうです。
古典派からロマン派の時期(18〜19世紀初頭)までにかけて、さまざまなフルートが作られました。
この時代に作られた楽器は、こんにちでは「クラシカル・フルート」や「ロマンチック・フルート」という名で呼ばれています。
特にロマン派の音楽では半音階が多用されたので、より半音階が演奏しやすいようにキーの数が増えるといった改良をされました。
しかし、キーが増えたことで運指が楽器ごとに異なるといった事態が起きてしまいました。
1794年、バイエルン選帝侯国の首都(現ドイツ、バイエルン州)、ミュンヘンで生まれたテオバルト・ベームのフルートの大規模な改良によって現代の形のフルートが誕生しました。
父親が金属職人だったためもあり、ベームは幼い頃からフルートを作り、18歳の時にはオーケストラに入団するほどのフルート演奏の腕前も持っていました。
彼は様々な材質のフルートを試作しましたが、材質のみならずミュンヘン大学で音響学を勉強し、それまでは伝統的に職人の経験で作られていたフルートを、物理学の緻密な計算に基づいて設計し直しました。
音穴を大きく広げたことにより指ではふさぐことができず、すべての穴にキーが取り付けられたため、運指が伝統的なものと大きく異なりました。
そして初期の頃は円錐管であった管体を、のちに頭部管は放物線状、本体と足部管は円筒管を採用することで、より音色や音量の均一な、かつ大きな音が出るものになりました。
https://commons.wikimedia.org/w/index.php?curid=41042199
彼の設計した楽器は保守的なドイツでは発祥地にもかかわず受け入れられず、初めはフランスでルイ・ロットやビュッフェ・クランポンなどの有名楽器製作者によって製造され、イギリスでも流行したのち、20世紀に入ってようやくドイツでも受け入れられるようになりました。
ドイツではベーム式の発明以後にもメイヤー式やシュヴェードラー式フルートが演奏されていましたが、20世紀に入ると廃れ、1920年ごろに完全にベーム式フルートが一般的になりました。
https://commons.wikimedia.org/w/index.php?curid=30863824
フランスではリングキーの楽器や、インライン(左手薬指のキーが他と同じ)、クローズドGisキー(ベームの作った楽器はいわゆる「オープンGis」で左手小指が現代の一般的なフルートと逆だったため演奏が難しかった)などが採用されました。
またイタリアのフルートの名手、ブリッチャルディによって発明されたブリチャルディキー(左手親指についている、押さえるとシ♭がでるキー)によって、より技巧的な演奏が可能となりました。
厳密にはベームの設計したフルートには物理学的に誤りがあり、これをいくらか修正したものが作られました。
1950年代にイギリスのフルート製作者アルベルト・クーパーによるクーパースケールはフルート界で大きな話題となりました。
1980年代には、インラインキーのフルートのE-メカニズムに起こっていたキーの摩擦問題を解決したブロガーシステムが発明されました。
さらに、現代音楽で頻繁に用いられるようになった微分音(半音よりも狭い音程)を容易に演奏できるよう発明されたキングマ・システムの「キー・オン・システム」や、コンピューターにつないで機械的な処理を施しながら演奏するMIDIフルート、磁石をバネ代わりに用い、カーボンやチタンでフルートを製作しているマティット・フルート(Matit Flute,参考:マティットフルートのホームページ「http://www.matitflutes.com/index.html」)など、さまざまな新しいフルートが今日でも発明されています。
フルートの歴史
横笛は紀元前2世紀ごろのエトルリアの壺絵にも描かれており、紀元前9世紀ごろ、中央アジア発祥の楽器と考えられているそうです。(参考:ブリタニカ国際大百科事典『フルート』、Wikipedia:https://ja.wikipedia.org/wiki/フルート)。
また、シュヴェードラー著『フルートとフルート奏法』(1910年版)には、1487年に軍隊に横笛をもたせた記録が残っていることが記されています。
参考:シュヴェードラー著『フルートとフルート奏法』より、「トラヴェルソの誕生と改良」
ルネサンス
骨や、葦などの筒状の植物を用いた笛や、オカリナのような土でできた笛は遥か太古からあるそうですが、現代のフルートのような横に構えるものは16世紀頃のルネッサンス時代から次第に市民の間に広まってゆきました。
ルネサンス・フルート(テナー・復元楽器)Wikipediaより |
ルネサンス・フルートは円筒形(管の両端の直径が同じ太さ)の管体を持っていますが、このせいで音色や音量に統一感がなく、ある音は強くて鋭い音色、またある音は弱くてぼやけた音色でしか演奏出来ませんでした。
バロック
ルネサンスからバロック時代になると、フルートは改良され、横笛は爆発的に広まります。
特に管体を円筒形から円錐形(頭部管から足部管に向かって細くなる)にしたことで、音程や音色がより均一になりました。
また、管体にもいくつかの継ぎ目が作られたことで音程を細かく調節できるようになり、実用性も高まりました。
そして、管体にあけられた穴の数が増えたことで半音階も演奏しやすくなりましたが、手で届かない穴をふさぐためにキーが取り付けられました。
初めに右手小指のためにキーが作られ、この楽器を現在では「1キーフルート」と呼んでいます。
この1キーフルートは現代でも人気があり、アマゾンなどで樹脂で作られた名器のコピーモデルが販売されているようです。
バロック時代のフルート界の重要な人物であったヨハン・ヨアヒム・クヴァンツ(1697-1773)は、フルートにさまざまな実験的な改良をほどこしました。
例えば当時は木で作られていたフルートを、ガラスや陶器といった様々な材質で試作しました。
また、ミ♭とレ♯を吹き分けるキーを楽器に取り付けました。
ミ♭とレ♯は「異名同音」や「エンハーモニック」などと呼ばれ、現代の平均律に調律された音程では全く同じ音ですが、厳密には微妙に違う音程なのです。
しかしそのような微妙な音程を吹き分けることも、また聴き分けることも難しく、かつ演奏も複雑になってしまうので、すぐに失敗だとさとったそうです。
上の楽器の右側にはミ♭とレ♯を吹き分けるため2つのキーが取り付けられていた。 |
古典、ロマン派期
古典派からロマン派の時期(18〜19世紀初頭)までにかけて、さまざまなフルートが作られました。
この時代に作られた楽器は、こんにちでは「クラシカル・フルート」や「ロマンチック・フルート」という名で呼ばれています。
特にロマン派の音楽では半音階が多用されたので、より半音階が演奏しやすいようにキーの数が増えるといった改良をされました。
しかし、キーが増えたことで運指が楽器ごとに異なるといった事態が起きてしまいました。
ベーム式
1794年、バイエルン選帝侯国の首都(現ドイツ、バイエルン州)、ミュンヘンで生まれたテオバルト・ベームのフルートの大規模な改良によって現代の形のフルートが誕生しました。
父親が金属職人だったためもあり、ベームは幼い頃からフルートを作り、18歳の時にはオーケストラに入団するほどのフルート演奏の腕前も持っていました。
彼は様々な材質のフルートを試作しましたが、材質のみならずミュンヘン大学で音響学を勉強し、それまでは伝統的に職人の経験で作られていたフルートを、物理学の緻密な計算に基づいて設計し直しました。
音穴を大きく広げたことにより指ではふさぐことができず、すべての穴にキーが取り付けられたため、運指が伝統的なものと大きく異なりました。
そして初期の頃は円錐管であった管体を、のちに頭部管は放物線状、本体と足部管は円筒管を採用することで、より音色や音量の均一な、かつ大きな音が出るものになりました。
初期のベーム式円錐管フルート |
https://commons.wikimedia.org/w/index.php?curid=41042199
彼の設計した楽器は保守的なドイツでは発祥地にもかかわず受け入れられず、初めはフランスでルイ・ロットやビュッフェ・クランポンなどの有名楽器製作者によって製造され、イギリスでも流行したのち、20世紀に入ってようやくドイツでも受け入れられるようになりました。
ベーム式以後
ドイツではベーム式の発明以後にもメイヤー式やシュヴェードラー式フルートが演奏されていましたが、20世紀に入ると廃れ、1920年ごろに完全にベーム式フルートが一般的になりました。
メイヤー式フルート |
シュヴェードラー式フルート |
またイタリアのフルートの名手、ブリッチャルディによって発明されたブリチャルディキー(左手親指についている、押さえるとシ♭がでるキー)によって、より技巧的な演奏が可能となりました。
現代のフルート
厳密にはベームの設計したフルートには物理学的に誤りがあり、これをいくらか修正したものが作られました。
1950年代にイギリスのフルート製作者アルベルト・クーパーによるクーパースケールはフルート界で大きな話題となりました。
1980年代には、インラインキーのフルートのE-メカニズムに起こっていたキーの摩擦問題を解決したブロガーシステムが発明されました。
さらに、現代音楽で頻繁に用いられるようになった微分音(半音よりも狭い音程)を容易に演奏できるよう発明されたキングマ・システムの「キー・オン・システム」や、コンピューターにつないで機械的な処理を施しながら演奏するMIDIフルート、磁石をバネ代わりに用い、カーボンやチタンでフルートを製作しているマティット・フルート(Matit Flute,参考:マティットフルートのホームページ「http://www.matitflutes.com/index.html」)など、さまざまな新しいフルートが今日でも発明されています。